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乱文
もう日曜日も夕方を過ぎてしまいましたが、
今月は月頭から色々と用事が入り、土日まで駆け回っていた日が続いていました。今週でやっと土日に何の予定もなかったので、のんびりと家事や買い物が出来ました。

まぁそんなわけで、久々にゆっくり出来る状況になれたので、前々から無意味に思索していた事について、ちょいと文に書き出してみようと思ったわけです。

主にMPについての話題です。めっさ長くなるのでご了承下さい。
言いたい事はいっぱいあるんですが、いかんせん文才が足りないので箇条書き気味の文になりますことを先にお詫びしておきます。


・禁断五大魔について

これらが他の魔法と別格の扱いを受けているのは、「魔法に喰われる」からではなく、「反則級の性能を持っている」からと考える方が自然でしょう。
現状で効果の分かっている3魔法にしても、 マザー → 空間歪曲(空間に干渉) ・ 真紅虎龍牙 → 無限増殖(物質に干渉) ・ ゴッドマシン → 時間操作(時間に干渉) と、通常の魔法とは違う「概念」の域まで操作できるものであるとわかります。
1巻でのティトォのセリフのとおり、最強の魔法とは「存在魔法」。この世に「生きている」事、それのものが奇跡であり魔法なのです。

そこから考えると、残りの2魔法もそのレベルの効果があると予測されますので、 ヘルキルデスベル はこれまでの描写から察するに「精神」、 命七乱月 はおそらく「存在」に干渉する魔法なのではないでしょうか。


・アダラパタについて

物語のトリックスター。自ら中心に立たず、外堀から嘲笑う見物人。それがアダラパタ。
彼がなぜこれまでに他の登場人物と違った存在感を持つのか?彼の何がそこまで異質なのか?

それは彼が唯一”自分のために行動していない”からでしょう。
MPのキャラクターはみな魅力的です。それは彼らが誰しも自分の信念をもち、目的がありそれを達成するために頑張っているからです。
しかし、アダラパタは違います。人の命をどこまでも軽く扱い、一種の運命論のような観念のもとに世界の流れを見ることを楽しんでいます。おそらく、彼は世を乱すためになるのなら自分の命すら惜しくない、と考えているとさえ感じられます。

彼の視点は例えるなら中国の歴史家のような、老子の「無為自然」を悪意的に解釈したような感性を持っています。「この世に正義も悪もない」「女神なんていない」とは劇中での彼のセリフですが、これは主に歴史解釈をする際に重要になるバランス感覚に必要な考えです。人はみな違った信仰をもっており、それにとって都合が良いか悪いかで善悪を決める。それは古今東西人類普遍の法則です。

ひとりひとりの人生など些細な事、それよりも人の群れが形をなす大きな時代の”流れ”を見届けたい。
そう、この感覚。アダラパタの目線は世界の外、つまり読者の目にとても近い位置にあるのです。

平行な目線で見れば、読者とは非常に我侭で勝手なものです。物語が面白くなりさえすれば、人の命がどうなろうが、伝統が信仰がどうなろうがまったく意に介しません。
そして、良い物語には読者の意思が介入してはならないと知っています。そのため彼は自分が主役になる事を嫌い、他人を動かす事に専念します。また、使えなくなった仲間や裏切り者の処刑だけは好んで行うのも同様の理由からでしょう。”流れ”から外れた弱者にはさっさと退場してもらいたい。その方が大事に集中できて読みやすいものです。

土塚先生が時々彼を「最も人間らしい」と評するのは、そういう観点から来ているのではないかと思います。
個人的意見になりますが、アダラパタの出自の謎とかが明らかになったとしても、「もっと強大な存在に仕えていたから」とか「世界を自分のものにしたかったから」とか変に理由付けされず、最後まで現在のスタンスを変えて欲しくないですね。それやったら魅力台無しですし。


・チョーの隠し方について

第2章において最大のサプライズを与えたのは、正直斬り裂き魔ではなく魔法陣のファイナリストにチョーが勝ち上がって来た事でしょう。

思えば、彼の実力はまこと巧妙にカモフラージュされていました。その手法について語ってみましょう。
もっとも重要なポイントと思われるのは、「情報を小出しにしておく」事でしょう。完全に謎にしてしまうと「何かあるんじゃないのか?」と読者に勘繰られてしまいます(丁度、BBでの山田さんがその状態ですね。もっとも、コレはまだ罠がある可能性がありますが…)。
そこで、チョーは早い段階で性格・能力を出してしまい、読者に「なんだこの程度か」と思わせてしまったのです。緊張感のない腑抜けた敵役はリュシカで登場済み、魔法もヨマを止めるのに群れる必要がある程度、と誰もが判断してしまいました。

そしてダメ押しに、魔法陣1回戦での”知略のみ”での勝ち抜け。今にして見れば、彼の魔法は1対1でこそ最大の効果を発揮するので作戦に頼ったのですが、当時であれは「魔法や格闘に頼らず”知恵”で闘う」キャラだと思い込ませるに十分でした。

余談になりますが、ピィゲルも同様に小出しにされた情報からは「涼しげな実力者」と誤認させれられていました。だってヨマに最初の一撃をカッコよく決めていたしなぁ。
こっちは正体が分かって盛大にズッコケるキャラだった訳ですが、ここで「てんで使えない三十指もいる」と証明されたことで、チョーの迷彩はより強化された形になりました。

また、なぜチョーはヨマを倒すなんて危険を冒してまで優勝したかったのか?
と疑問に思う方もいらっしゃったようですが、 禁断魔法を手に入れる → 三大神器と同じ能力を手に入れる → 三大神器改め”四大神器”の一員となって、不老不死にさえなれる?望みを叶えてもらえるようになる。 という考えなんだと思います。




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[2009/07/26 18:52 ] | マテリアル・パズル | コメント(7) | トラックバック(0)
<<9ヶ月目にして | ホーム | 返信とか>>
コメント
「これが・・・ボク等の生み出したもの・・・・・・」 「そして・・・?この先は………?」
という台詞も、アダラパタが読者視点のキャラクターであることの裏付けのひとつになりますね。その理論に感動しました。

土塚先生のキャラは「予想を裏切り期待の斜め上を行く」ものが多いですけど、アダラパタはこちらの予想通りに動き、期待に応えてくれるキャラクターですよね。ミカゼもそうですが。あと清村も(笑)
[2009/07/27 20:08]| URL | 八山芸震 #ww1eljsI [ 編集 ]
なかなか面白い考察ですな。禁断五大魔の考察とかアダラパタの考察とか。
命七乱月は存在に干渉する魔法ですかー、ありえますね。
[2009/07/27 23:34]| URL | N-FIELD #UzUN//t6 [ 編集 ]
>八山芸震様
つくづく、読者そのものを体現したキャラなんだと思います。
人の行動をブッ掻き回すというのは、こんなに酷い事なんですよ。でも楽しいんですよ、と言いたいのかも知れませんね。

>N様
"命"の字が入っている事から、もしかしたら「生命」を操るのかも知れませんが。
[2009/07/28 22:41]| URL | 馬茶 #mA3SaVTA [ 編集 ]
チョーの隠し方は巧妙ですよね。
試合も本命の夜馬とギャグキャラのドルチルがいてくれたおかげで印象が薄くなりました。
もしドルチルか夜馬のどちらかが別のキャラになってたらまた違ってきたと思います。
魔法陣って準備の方もしっかりしてますよね。
夜馬を取り押さえるという形でチョー、ピィゲル、コモレビの魔法を魔法陣の前に見せておくなど。
[2009/07/29 00:54]| URL | 猫 #- [ 編集 ]
>猫様
徹底的に隠してしまうと、逆に驚けない事を熟知されているのでしょうね。

どんな新キャラも必ず顔見せだけはするのもその理由からかも知れません。プリセラとかも思えばそんな感じでした。
[2009/07/30 06:02]| URL | 馬茶 #- [ 編集 ]
二度目のコメントで申し訳ありません。
確かにアダラパタは自分のために行動していないですね。行動自体を楽しんではいますが。
女神がどうせ自分は飾りだろうと言った時もアダラパタは全責任は女神にあると言ったりと、自分が主役でないと主張していますし。
そんなアダラパタが女神が死んだ世界で何をするのか気になります。
[2009/08/10 17:27]| URL | 猫 #- [ 編集 ]
>猫様
>女神が死んだ世界

ぶっちゃけ、今と何も変わらないと思います。

アダラパタにとってはムリアと言えど単なる”歴史上の一指導者”に過ぎない(読者にとっても)でしょうし、相変わらず世界を引っ掻き回すことに終止するのでないかと僕は思います。
[2009/08/12 20:11]| URL | 馬茶 #mA3SaVTA [ 編集 ]
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